ぱぱとままになるまえに

“うめちゃん”との出会い。(けいちゃんまえがき)

わたしが、「ぱぱとままになるまえに」に出会ったのは、二十歳前後の頃。

学校の先生になりたいというよりは、ママになりたいと思っていたわたしは、「ぱぱとままになるまえに」を通じて、妊婦さんのお話を聞きに行ってみたり、助産院の体験合宿に友達と参加してみたり。

そんなことをしながら、教育のことを学んでいる大学生でした。

あれから約10年が経った今。
仕事もある程度満足し、結婚をして、もういつでも赤ちゃんが生まれてもいいよ!と思っていた矢先のこと。妊娠をしました。

幸いなことに、つわりはほとんどなく、お仕事も普段通りこなせて、赤ちゃんも順調に育っている!
と、思っていました。

出産は里帰りにしようと、実家近くの病院へ。
今日の検診は、いつもより長いな。と思っていたら、少し慌てた様子で先生が、

「赤ちゃんが小さいです。特に手足が短い。2週間後、もっと詳しく診ますから、また来てください。」と。

(え、今までの検診では何も言われなかったのに。)

突然のことでよく分からなかったのですが、何かまずいことが起きているみたいだ。ということはぼんやりと分かり、診察室を出ると涙がぽたぽたこぼれてきました。

そして、2週間後。
再び診てもらうために病院へ。

やはり赤ちゃんは小さいとのこと。

改めて告げられたのは、まず、頭は大きいけれど、身体が小さいということ。
(でもこれは、一番重要な脳を優先して栄養が供給されるためらしいので、そんなに不安にならなくて大丈夫らしい。)

それから、胎盤から赤ちゃんに栄養を送るためのへその緒(臍帯)には、静脈が1本と動脈が2本あるはずなのに、その動脈が1本しかない「単一臍帯動脈」かもしれないということ。

さらに、小脳の虫部が欠損している疑いがあって、まっすぐ歩くことができないかもしれないということ。

おそらく1500gにも満たないだろうから、生まれた直後はNICUに入ることになるということ。

最後に、今回の妊娠は諦めるという選択肢もあると告げられたのでした。

わたしたちに、障がいをもった子が生まれてくるかもしれない。

どんな子が生まれてきても愛せる!と思っていたわたしも、道ですれ違う「ふつう」の親子を見ては羨ましくなって、自分の子と比べてしまいそうで、しばらく泣いてばかりの日が続きました。

こうしてわたしたちは、赤ちゃんを産むことについて、その決断を迫られることになったのです。

その後は、紹介された大学病院へ。
このとき、おなかの中の赤ちゃんは、すでに18週でした。

妊娠を諦める、すなわち中絶をするのなら、日本の法律では22週を迎える前(実質21週6日目まで)と決められていて、わたしたちには考える時間があまり残されていませんでした。

どんな予後が考えられうるのか。
何を覚悟していなきゃいけないのか。
もし中絶をすることにしたら、何がどうなるのか。

何をよりどころにして考えたらいいのかも分からない状況でしたが、友達に相談したり、本を読んだり、羊水検査を受けたり、先生の話を聞いたりしながら、どうすべきなのか…いや、わたしは「どうしたいのか」を考えていきました。

結論から言うと、
わたしたち夫婦は、産むことを選択することにしました。

産むかどうか悩んでいることを先生に相談した際、大学病院の先生たちの見立てとしては、
「どちらを選んでも、つらい選択になると思います。
 だけど、妊娠を諦めるようなお子さんじゃないと思いますよ。」
と、背中を押していただいたことが大きかったと思います。

ちなみに、羊水検査の結果は異常なしだったのですが、染色体異常が分かったとしても、それはすべての障がいの1/4でしかないそうです。
あとは、生まれてみないと分かりません。
だけど、生まれてくる力があるのなら、それを信じたいのがわたしの気持ちでした。

それから、赤ちゃんも小さいなりに少しずつ大きくなってきて、だんだんとエコーで見えるものも増えてきたので、再び精密検査をしてもらいました。
すると、当初疑われていた、臍帯動脈も2本あるし、小脳虫部も欠損していないということが分かりました!

しかし、安堵すると同時に、別の疑いが。

それが「Breus’ mole(胎盤内巨大血腫)」です。

大きな血のかたまりがあって、わたしの胎盤は半分機能していなかったのです。
そのため、赤ちゃんに栄養がうまくいき届かず、通常の半分にも満たない大きさにしか育っていなかったようなのです。
でも、赤ちゃんはとっても元気に動いていると、先生は伝えてくれました。
(後から知ったのですが、この元気度が結構重要らしいです。)

小さい赤ちゃんは、おなかのなかで苦しくなってしまうようで、早産になる可能性が高いことは、予め聞いていました。
そのため、毎日エコーで赤ちゃんが元気か確認できるよう、予定日よりも数ヶ月早く入院し、出産の準備に入ることになりました。

また、この頃、わたしたち夫婦は、生命力や長寿の意味をもつ「梅」にちなんで、“うめちゃん”という胎児ネームをつけることにしました。(入院中に、パパは梅の写真を撮ってきてくれたりしていました。)

そして、目標と言われていた週数も過ぎ、あともうちょっとで30週を迎えられそう!
と思っていた矢先のこと。

いつものように、おなかにベルトを巻いて、赤ちゃんの動きを確認していたら、赤ちゃんの心拍が下がっていたようで、看護師さんがとんできました。

そして、あれよあれよという間に、分娩台の上へ。緊急帝王切開です。

29週5日目にして、わたしの小さな赤ちゃんは、555gで生まれてきてくれました。
とっても小さい声でしたが、泣き声も聞こえてきて、安心したのを覚えています。

先生からも、
「いいお産だったね。
 あれ以上元気な状態で生まれてくることはないよ。」
と言っていただけて、それだけで報われた気がしました。

生まれてからは、赤ちゃんはNICU・GCUに4ヶ月お世話になり、退院しました。

もともと小さかったのもあって、成長のペースはとってもゆっくりです。

だけど生まれてきてくれたというだけで、わたしたちにとってはオールOKで、順調順調!と思っています。

もちろん、心配がないと言ったらうそになるし、これからまた何かあるかも分かりません。
だけど、今の気持ちとしては、どちらをとってもつらい選択になると言われたけど、産んだことに後悔はないし、むしろとっても幸せな気持ちでいます。

これからもその生きていく力を信頼して、日々を送っていけたらなと思っています。

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